大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和51年(少)82号 決定

少年 T・H(昭三一・二・一〇生)

主文

少年を昭和五二年一一月九日まで中等少年院に戻して収容する。

理由

(本件申請の理由の要旨)

一  少年は昭和四九年八月二〇日東京家庭裁判所において中等少年院送致決定をうけ、神奈川少年院に収容され、昭和五〇年一〇月一三日同少年院を仮退院し、以来東京保護観察所の保護観察下にあるものである。

二  東京保護観察所においては、少年に対して保護観察を行なうにあたつて、過去の少年の非行歴等を考慮して、〈1〉シンナー・ボンドを絶対に吸引しないこと、〈2〉決つた仕事に就いて真面目に働き、勝手に転職などしないこと、などを特別遵守事項として定め、少年はこれを遵守することを誓約した。

三  ところが少年は仮退院後わずか三日目の昭和五〇年一〇月一五日からシンナー・ボンドの吸引を始め、同月二二日東京保護観察所に引致されるまで、連日シンナー・ボンドの吸引を続けた。その間少年は保護者の制止にも暴力をもつて応えるなど何ら反省するところがなく、同月一八日夜ころからは、急激かつ多量のボンド吸引のため再三嘔吐をして全く食物を受けつけない状態に陥り、そのまま放置すると少年の生命に重大な危険が生じるおそれさえ感じられた。

四  少年の上記行為は前記遵守事項に違反したものであり、このまま少年を社会に留めれば今後さらに薬物を乱用し、身体、場合によつては生命さえ損うおそれが強く、さらには窃盗等の再非行も懸念される。保護者も少年の監護指導をあきらめている状態にある。

五  そこでこの際少年をすみやかに少年院に戻して収容し、新たな反省の機会を与え、将来の更生を期することが最も妥当な措置と認められる。

(当裁判所の判断)

少年の保護事件記録、少年調査記録および当審判廷における少年、保護者の各供述によれば、本件申請の理由の要旨一ないし三記載の各事実を認めることができる。しかして少年の上記行為は前記特別遵守事項に違反したものであり、これに少年の早期からのシンナー・ボンド嗜癖型の性状、家庭の保護能力等諸般の事情を考え併せれば、少年を現状のまま放置するときには、重ねて非行を反復するおそれが顕著であるというばかりでなく、少年のみならず少年の家族全体の破滅へもつながりかねないおそれがあるといわなければならない。

ところで少年調査記録に添付の神奈川少年院長作成にかかる協力依頼書回答と題する書面によれば、少年は神奈川少年院在院期間を無事故で経過し、各種の賞を授与されるなど、その院内成績は極めて良好であつた事実が認められる。そうすると少年の上記行為にはにわかに理解しがたいものがあつて、少年の今後の処遇の困難さを感じさせる。しかし少年調査記録および当審判廷における少年の供述によれば、少年は神奈川少年院においては早く社会に出たいという一心から、自らの心を偽つて優等生的行動をとつてきたこと、従つて仮退院時に自らの欠点、短所が矯正されたという実感がなく、再び社会に出て薬物で失敗するのではないかという不安感を抱いていたことが認められる。

そうすると、少年が新たに本件を契機として内省を深め、自己のもつ問題点を自覚しつつ少年院における矯正教育に真正面から対峙することによつて、その教育の効果を期待する余地はいまだ十分にあるものと考えられる。

そこで少年を中等少年院に戻して収容することとする。その収容期間は仮退院後の保護観察期間を考慮に入れて二年間が相当である。

よつて犯罪者予防更生法第四三条第一項、少年審判規則第五五条、第三七条第一項、少年院法第二条第三項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 坂本慶一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例